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第6話 因縁めいたもの

作者: 青砥尭杜
last update 最終更新日: 2025-01-26 20:36:01

「……おじいさん?」

 ぽつりとつぶやくように漏れたイツキの声に、ニカッと笑ってみせるたケンゾーは、

「ああ、そうだよ。俺がきみの二親等、祖父ってわけだ。まあ、病室で立ち話もなんだ。場所を変えようか」

 と異世界での初対面という特異な事態を感じさせない口調で答えた。

 ケンゾーのフランクな応対に戸惑いながらもカイトはうなずいた。

「……は、はい。そうですね」

 カイトの返事に対して微笑で応じたケンゾーは、

「こっちだ。すぐそこに俺の書斎がある」

 と声をかけて廊下をスタスタと歩き始めた。

 カイトとマジェスタは病室を出てケンゾーの後に続いた。

 ケンゾーの足取りは軽快さすら感じるほど確かなものだった。カイトはその背中を見ながら記憶をたどった。

(四十四年前に東京タワーで失踪したとき、確かおじいさんは三十一歳だったはず……ってことは、七十五歳!? めちゃくちゃ若くないか……?)

 明るい廊下を二十メートルほど進んだ三人は、ケンゾーが王宮病院内に設けている書斎に入った。

 書斎の壁は本棚で覆われており、本棚のキャパシティのギリギリを攻めるように書物がぎっしりと並んでいた。

 ずらりと並ぶ彩り鮮やかな背表紙に目をやったカイトは、製本の技術から見て自分が思い描く異世界のイメージである中世よりも、かなり進んだ時代なのかもしれないと思った。

 中庭に面した窓からは、昼を迎える前の清しい午前の日差しが射し込んでいる。

 書斎の中央には簡素な椅子が四脚置いてあり、その内の一脚に腰掛けたケンゾーが、

「さてさて、ここなら遠慮はいらない。まあ座って」

 とカイトに向かって声をかけた。

 書斎の主である祖父の言葉に従い、椅子に腰掛けるカイトの様子を見て微苦笑を浮かべたケンゾーは、

「緊張してるみたいだね。まあこの世界へ来た途端に、会ったこともないじいさんと対面だもんなあ。当然っちゃ当然か。カイト、だったね」

 とカイトの緊張に理解を示しながら名前を呼んだ。

「はい。快適の快に人間の人と書いて、快人です」

 カイトの答えにケンゾーはうんうんと小さくうなずいてみせた。

「そうか、いい名前だ。マジェスタ殿は信頼できる御仁だから、この場で俺に対して緊張する必要はないよ。王配だのなんだのってな立場も気にしなくていい。カイト、きみにとってのじいさんとして接してくれて構わない」

「……わかりました」

 固さが抜けない表情のままコクリと首肯したカイトを見たケンゾーが、

「ははっ」

 と短く笑う。

 七十代半ばという年齢を感じさせない快活な笑い方だとカイトは思った。

 ケンゾーは初めて対面する孫を肯定するように、柔らかな表情を浮かべてから本題に入った。

「まあ、おいおいってとこかな。さて、と……どこから話したもんかな」

「あの……おじいさんは四十四年前に、この世界に召喚されてたんですね」

 確認するための問いで返したカイトに対して、ケンゾーはすぐさま答えた。

「ああ、その通りだよ。元の世界では失踪ってことになってたらしいね」

「父さんも、この世界に召喚されて……?」

「うん。ダイキは十五年前になる。俺と同じで失踪ってことになってるんだろうな」

「はい。そうです」

 カイトが端的に答えると、ケンゾーはわずかに憐憫を含んだ表情を浮かべた。

「辛い思いをさせてしまったね」

「いえ……父さんの記憶はほとんどないですし、母さんも、俺が八歳の時には再婚して、結婚相手の新しい父親との間に妹もいます」

「そうか……父親を恨みはしなかったかい?」

 同情と疑問の混じった色を瞳に浮かべたケンゾーが訊くと、カイトは言葉を探すように答えた。

「……正直に言ってしまうと、自分の気持ちがよく分かりません。ただ、おじいさんと父さんが同じ東京タワーで失踪したことには、因縁めいたものは感じていました。なので、俺も東京タワーへ行ってみたら……」

 カイトの言葉に強く反応したケンゾーは、言葉を被せるように問いで返した。

「きみも東京タワーで?」

「はい。展望台にいたとき転移、いや、召喚されました」

 カイトの返答を聞いたケンゾーは、ふうと小さく息を吐いた。

「そうか……やはり、何かしらの意図があって、血の繋がりのようなものを敢えて作為したんだろうな……」

 ケンゾーの含んだ物言いを聞いたカイトは「因縁めいたもの」という自分の感触を裏付けるような匂いを、異世界で初めて対面することとなった祖父の言葉から感じ取った。

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     戸惑いの色を含みながらも考察する者の顔をみせるカイトに対して、ケンゾーは前提となった出来事から説明を始めた。「この世界、テルスの神として実存するドラゴンは四柱いてね。そのうちの一柱であるナーガと呼ばれるドラゴンが、このミズガルズ王国の今の女王であるセルリアンに、異世界から人間を召喚する術式を下賜した。四十五年前のことだ。そのセルリアンが術式の構築を済ませてから、約半年後だったらしい。俺が召喚されたのはね」 この異世界の神はドラゴンだと聞いたカイトは、召喚された際に一瞬だけ見えた気がするドラゴンのような巨大な影を思い出した。「……東京タワーじゃなきゃいけない理由があった、とおじいさんは考えたわけですか?」 カイトの問いにケンゾーは小さく首を横に振ってみせた。「何の根拠もない、ただの直感でしかないよ。ただし、だ……ダイキもきみも、父親が失踪した現場って理由で東京タワーへ行った際に、召喚術式によってテルスに来ている。三人が肉親であることは偶然なわけもないのと同様に、三人とも同じ場所というのも何らかの意志がそこに介在したと考えるほうが自然だろ?」 同意を求める区切り方をしたケンゾーに、カイトは素直に首肯してみせた。「その何らかの意志、で召喚……三人の異世界転移を操ったんだろうドラゴン。そのナーガっていうドラゴン、神様とは意思の疎通はできるんですか?」 カイトの問いに肯定する表情を浮かべならがも、ケンゾーは小さく首を横に振った。「いや、ドラゴンは基本的にその姿を現さないんだ。人間との接触は有史以来数えるほどしか記録されていない。当時王女だったセルリアンとの接触は稀有な出来事なんだ」 異世界の神として存在するドラゴンについて、今は考えても進展がなさそうだと判断したカイトは、「父さん今、セナートっていう帝国にいるんだと聞いたんですが……」 と会話を次へ進めるように、不在だという父親についての質問を口にした。 当然の疑問だと示すようにゆったりとうなずいてからケンゾーが答える。「そう。大陸を牛耳る超大国、セナート帝国にいる。二年前だ。ミズガルズとセナートの国境にあたる離島で、戦争と呼ぶにはあまりに短い四日間の衝突があってね。ダイキはそのとき敵国だったセナート帝国に投降した。筆頭魔道士団の首席魔道士であり、総大将だったダイキが投降したことで戦争はあっさり

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    「……おじいさん?」 ぽつりとつぶやくように漏れたイツキの声に、ニカッと笑ってみせるたケンゾーは、「ああ、そうだよ。俺がきみの二親等、祖父ってわけだ。まあ、病室で立ち話もなんだ。場所を変えようか」 と異世界での初対面という特異な事態を感じさせない口調で答えた。 ケンゾーのフランクな応対に戸惑いながらもカイトはうなずいた。「……は、はい。そうですね」 カイトの返事に対して微笑で応じたケンゾーは、「こっちだ。すぐそこに俺の書斎がある」 と声をかけて廊下をスタスタと歩き始めた。 カイトとマジェスタは病室を出てケンゾーの後に続いた。 ケンゾーの足取りは軽快さすら感じるほど確かなものだった。カイトはその背中を見ながら記憶をたどった。(四十四年前に東京タワーで失踪したとき、確かおじいさんは三十一歳だったはず……ってことは、七十五歳!? めちゃくちゃ若くないか……?) 明るい廊下を二十メートルほど進んだ三人は、ケンゾーが王宮病院内に設けている書斎に入った。 書斎の壁は本棚で覆われており、本棚のキャパシティのギリギリを攻めるように書物がぎっしりと並んでいた。 ずらりと並ぶ彩り鮮やかな背表紙に目をやったカイトは、製本の技術から見て自分が思い描く異世界のイメージである中世よりも、かなり進んだ時代なのかもしれないと思った。 中庭に面した窓からは、昼を迎える前の清しい午前の日差しが射し込んでいる。 書斎の中央には簡素な椅子が四脚置いてあり、その内の一脚に腰掛けたケンゾーが、「さてさて、ここなら遠慮はいらない。まあ座って」 とカイトに向かって声をかけた。 書斎の主である祖父の言葉に従い、椅子に腰掛けるカイトの様子を見て微苦笑を浮かべたケンゾーは、「緊張してるみたいだね。まあこの世界へ来た途端に、会ったこともないじいさんと対面だもんなあ。当然っちゃ当然か。カイト、だったね」 とカイトの緊張に理解を示しながら名前を呼んだ。「はい。快適の快に人間の人と書いて、快人です」 カイトの答えにケンゾーはうんうんと小さくうなずいてみせた。「そうか、いい名前だ。マジェスタ殿は信頼できる御仁だから、この場で俺に対して緊張する必要はないよ。王配だのなんだのってな立場も気にしなくていい。カイト、きみにとってのじいさんとして接してくれて構わない」「……わかりました」

  • 異世界は親子の顔をしていない   第5話 異世界の祖父

     カイトは一度ゆっくりと深呼吸をしてから、マジェスタに対しての質問を切り出した。「女王陛下との謁見については、なんとなく流れとして理解できないこともないんですが、俺が「閣下」というのは何か理由があってのものですか?」 カイトの問いに対し、マジェスタは柔和な表情を浮かべつつ首肯した。「召喚に応じられたアナン家の御子息であられる閣下には、公爵位が叙爵されます。召喚に前以て用意を済ませておりますサイオン領とともに、サイオン公爵位を閣下には受けていただきます」「こうしゃく、ですか……?」(公爵か侯爵なのか……いや、今はそんな違いどうでもいい……とりあえず、異世界に来てすぐ生死に関わるような状況で始まるハードな展開じゃないのは確かみたいだ……) まずは現状を把握しないと動きようがないと判断したカイトは、マジェスタの言葉を聞き漏らさないように耳を傾けた。「公爵位を受けていただくのと同時に、治癒魔法を用いる魔道士であられる閣下には、ミズガルズ王国の筆頭魔道士団であるトワゾンドール魔道士団へ入団していただきます」「トワゾンドール……? 金羊毛ですか……?」 トワゾンドールという言葉に反応したカイトが、ぼそりと和訳を添えて答えると、マジェスタは満足そうに微笑んだ。「左様でございます。流石はアナン家の御子息、博識であられますな」 カイトは現状を把握するためにマジェスタの説明を脳内で整理するのに忙しかった。(爵位に魔道士、いよいよラノベの異世界ものって感じだな……っていうか、トワゾンドールが地球と同じで金羊毛ってことは、だ。この異世界は、神話なんかについては地球と共通してるってことなのか? そうなると宗教なんかも……?)「あの……俺は魔道士、なんですか?」 一つずつ疑問を解消していこうと決めたカイトの質問に対し、マジェスタはすぐさま返答した。「この世界テルスにおいて治癒魔法を行使できる魔道士は、テルスの神たるドラゴンより下賜された召喚術式によってこの世界に来られた方のみでございます。閣下の祖父君であられるレクサス公爵ケンゾー王配殿下と、御尊父であられるビスタ公ダイキ閣下。そして、サイオン公カイト閣下の御三方のみが治癒魔法を行使する魔道士であられます」 マジェスタの説明を理解したことで、カイトが抱えている疑問は余計に深まった。(治癒魔法が実在する世界なの

  • 異世界は親子の顔をしていない   第4話 治癒魔法

     病室には四人の傷病者がおり、各々簡素なベッドで横になっていた。 若い女性の看護師と初老の医師らしき男性の姿もあった。 マジェスタは一人の傷病者の前で立ち止まると、カイトに視線を向けてから口を開いた。「この者を治療していただきたく存じます」 身体を起こそうとする中年の男性傷病者を、マジェスタは無言で右手をかざすだけで制した。 疑問を口にし始めるとキリが無いと判断したカイトは、「どうやればいいんですか?」 と端的に方法だけを訊いた。 カイトの返答に満足したことを示すように、微かに頷いてからマジェスタは説明を始めた。「まず、患部に手をかざし、体内を巡る魔力に意識を集中していただきます。魔力を意識できましたら、次に傷を治すと念じてくださいませ。さすれば、かざした右手から脳に傷のイメージが伝わってくるはずでございます」 マジェスタの説明を把握したわけではないが、一応の理解だけはできたカイトは、「体内を巡る魔力、ですか……とりあえず、やってみましょう」 と応じて素直に試してみることにした。 カイトはマジェスタの説明通りに、傷病者の肩に巻かれた包帯の上に右手をかざした。 目を閉じたカイトは、かざした右手に意識を集中してみる。 今まで感じたことのない、体内を巡っている微弱な電流のようなものを意識で捉えたカイトは、これがマジェスタの言った魔力なんだろうと判断し、すかさず「傷を治す」と念じてみた。 カイトの右手から金色の粒子が発生し始め、ゆらゆらと空気中を漂い始める。 病室にいる濃紺の軍服を着た青年や若い女性の看護師が、カイトの右手から発生する金色の粒子を凝視して息を呑む。 目を閉じて集中し続けるカイトの脳裏に、包帯で覆われた肩の裂傷のイメージが鮮明に浮かんだ。(なんだ……? 画像がダイレクトに脳に伝わってくる……透視してるみたいだ……) 初めての感覚に戸惑いながらもカイトは、「傷のイメージが、浮かびました」 とありのままの状況を口にした。 脳内に浮かんだイメージが消えてしまわないようにと、目を閉じたまま意識の集中を続けるカイトに向けてマジェスタが説明を加える。「それでは次に、傷が治るイメージを浮かべながら「クラティオ」と詠唱してくださいませ。さすれば、治癒魔法が発動するはずでございます」 マジェスタの言葉に従って、カイトは裂傷が治

  • 異世界は親子の顔をしていない   第3話 変化の兆し

     マジェスタはカイトを落ち着かせようとする気遣いを柔和な表情に滲ませてみせた。「貴殿の困惑は至極当然でございます。ですが、失礼を承知の上で早急に確認させていただきたい点が一点だけございます」 カイトは眉根を寄せて露骨に警戒を表わしながらも、「確認したい点とは、なんでしょうか?」 とマジェスタに対して「話は聞く」というスタンスで応じた。「私どもに、付いてきていただけますか?」「……どこへ行くんですか?」 不審を隠さずに聞き返したカイトに対し、柔和な表情を崩さないマジェスタが端的に即答した。「病院でございます」 マジェスタの口から出た「病院」という意外な単語にカイトは片眉を上げてみせた。「……病院、ですか? 俺の身体検査……いや、検疫の必要でも?」 この状況で検疫に考えが及ぶカイトの思慮に満足したマジェスタは、微笑を浮かべてから首を横に振った。「いえ、検疫の必要はございません。貴殿に治癒魔法の行使を試していただきたいのです」 治癒魔法というファンタジーな言葉に触れたカイトは素直な反応をみせた。「治癒魔法? 待ってください。魔法なんて使えませんよ、俺は」「召喚は成功しております。こうして会話が成り立っているのが証左でございます。ならば治癒魔法も使えるはずなのです」 すかさず答えたマジェスタの断定する口調に対し、カイトは困惑を隠せなかった。(召喚があるファンタジーな異世界だ。そりゃあ治癒魔法だって存在しても……いや、治癒とか蘇生なんかに関する魔法はその世界の設定に直結するってのが異世界ファンタジーのお約束だ。ここは慎重に確認しとくべきだな……ラノベを好きだったのが意外と役に立つかもしれない……待て、俺はこんな状況でここまで冷静に考察できるほど順応性が高かったか? これも俺の身に起きた変化のうちってことか……?) 考えを巡らせていたカイトは、何気なく視線を動かしたタイミングで気付いた。 カイトは濃紺の軍服を着た青年四人に取り囲まれていた。 青年四人は燭台が乗った祭壇と同様に、等間隔で四方からカイトに向かって右腕を伸ばし手のひらをかざしていた。 四人は一様に緊張を露にしており、その表情は敵対というより懇願に近かった。 状況をすんなり理解したカイトは、ふうと短く嘆息してみせてから、「どうやら……俺に、拒否権はないようですね」 と諦

  • 異世界は親子の顔をしていない   第2話 失踪の現場で

     残暑というには暑すぎた前日の熱気を引きずるかのように、空気は淀んでいた。 西暦二〇一九年九月十一日、午前十時。 水曜日にも関わらず、家族連れや観光客の姿が目立つ東京都港区の芝公園を、二人の男子が談笑しながら歩いていた。 二人はおとなしめのカジュアルな服装で、悪目立ちしない優等生に見える大学生だった。 男子の一人が立ち止まり、天に楔を打ち込まんとするかのように聳える東京タワーを見上げた。「ここが、現場か……」 鋭い眼差しで東京タワーを見据えた男子が、ぼそりとつぶやいた。「カイト? なんだよ急に立ち止まって」 もう一人の男子にカイトと呼ばれた男子は、ばつが悪そうに微苦笑を浮かべながら、「いや……思ったより高いな、と思ってさ」 と後頭部を掻きながら答えた。 カイトの言葉に一応の納得を示しながら、もう一人もカイトにつられるように東京タワーを見上げた。「確かに。間近で見ると高いよな。それに、スカイツリーより艶があるよ。風格って言うのかな……やっぱりこの曲線にはスカイツリーにはない色気があるっていうかさ」「レンは表現が色っぽいな」 カイトが笑みを漏らすと、レンと呼ばれた男子は「そうか?」と片頰笑みながら、「懐の深さって言ったほうがいいのかもな。数多の怪獣に壊されてきた東京の象徴だからなあ。特撮の世界じゃある種の記念碑的な建造物ってやつだ」 と東京タワーへの感想を続けた。「レンって、特撮にも詳しかったのか?」「詳しいってほどじゃないさ。一般常識の範疇だろ」「どこの一般常識だよ、それ」 カイトにツッコまれたレンは声を上げずに笑いながら、「スカイツリーじゃなくて東京タワーを選ぶあたり、渋いよなカイトも」 と返した。「わるいな。せっかくの東京なのに、なんか付き合わせちゃって」 カイトが軽い調子で詫びる。 百七十四センチと平均的な身長で体型もやや細身だが標準的。黒髪の短髪で瞳は暗褐色、まつげが長く鼻筋は通っているが特段に美形という訳でもないカイトは、大人しい印象を与える二十歳の男子だった。「いいさいいさ。来たかったんだろ、東京タワー」 レンが理解を示すように応じると、それにうなずいたカイトは、「ああ、ちょっとした因縁があるんだ」 と冗談めかしながら答えた。「因縁ってまた穏やかじゃないな。温厚が売りのカイトには似合わない単語だ

  • 異世界は親子の顔をしていない   第1話 聖人の投降

     男の脳裏に浮かんだのは息子の顔だった。 この異世界に来てから産まれた娘の顔ではなく、元の世界で成長しているであろう五歳までの姿しか知らない息子の顔。 男は自嘲した。 父親らしいことを何もしてこなかった自分がこんな時にだけ息子を思うなど虫がよすぎる、と。 小高い丘の上に張られた天幕の中に男はいた。 ミズガルズ王国の国旗が掲げられた天幕は、本陣としてその戦場にあった。「ダイキ卿……残念ながら彼我の戦力差は明らかです。戦況は刻刻と悪化しております。ここは撤退を……」 ダイキと呼ばれた男は、自分の身を常に案じてくれる青年の切迫した声で我に返った。 人払いが済んださほど広くもない天幕の中には、ダイキと青年しかいなかった。 長身の青年はダイキと揃いの純白の軍服を身に纏っており、その翠玉のように輝く瞳は憂いを帯びていた。 とうに中年となってしまった自分が失って久しい、若さのきらめきを感じさせる青年に憂いは似合わないとダイキは思った。 まさに敵の手が首にかかろうとしている逼迫した戦場の気配を感じながら、ダイキは口を開いた。「フォレスター卿とインプレッサ卿は?」「遺憾ながら……」「そうか……あの奇跡の親子が、こんなところで……アルテッツァ卿。俺はやっぱりお飾りの筆頭だったみたいだ……」 ダイキが吐露した弱気に、アルテッツァと呼ばれた青年の整った眉がぴくりと反応する。「ダイキ卿。卿は聖魔道士にして、我らトワゾンドール魔道士団の筆頭。卿が救わねばならぬ命がある内に、そのような弱音を吐くべきではありません……!」 アルテッツァの叱責を、大希は素直に受け取った。「いつでも温厚な卿を怒らせちまった……すまない。そうだな……俺には、まだやるべきことがある……」 ダイキが簡素な椅子から立ち上がった、その時だった。 本陣たる天幕の周りにはべていた側近の兵士たちが、ほぼ同時にどさりと倒れる音がダイキの耳に届いた。 不穏に反応したダイキの皮膚が粟立った瞬間、何者かが天幕に侵入した。 ダイキの目で捉えられる速さではなかった。 天幕の中に黒い影が侵入した、ダイキが認識できたのはそれだけだった。「見つけたぞ」 場違いに若い侵入者の声。 声の主は未だ少年の無邪気すら残香する若い男だった。 風属性魔法であるクッレレ・ウェンティーで加速している金髪碧眼の男は

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